裏・新宿に注文住宅を建てる

心の修行の試行錯誤をできるだけ細かく記録しとります。

ライフワークの仲間のうち、今の鳥には無いものをたくさん持っているおばちゃんがいます。

今回の〇〇神社参拝ツアーは、そのおばちゃんが企画してくれました。

しかも「開運のための参拝の仕方を教えるわ〜」という開運おばちゃんのためにもなるような内容で企画。

これ、今の鳥にはとてもできないことです…。

鳥は、初回ランチで早々に開運おばちゃんのこと「あ、この人は話すとしんどい…」と見なして以後、やんわりと距離を取っています。それに比べて企画おばちゃんは真逆! 自分から開運おばちゃんに与えるために行動される。

また鳥は、仕事以外の場面で自分ばかり動いていると「ズルい」「アタシばっかり損してる」と感じてしまい、イライラして途中でやめてしまいます。それに比べて企画おばちゃんは、日程調整・交通手段・事前準備の情報共有などどんどん送ってくる。

発言内容から、たいへん顔が広いし、行動範囲も広いことが垣間見えます。

企画おばちゃんのおかげで「鳥の生活範囲?規模?が小さいのは鳥の行動の当然の結果なんだ」ということを、まざまざと見せられております。。。





以前に何度か書いていますが、鳥は、以前は物欲を抑圧していました。

そんな以前の鳥がよく言っていた言葉は、「別にいい。」「特に欲しくない。」「これぐらいで充分満足。」etc。

物欲もそうだけど、外食欲、旅行欲も、ほんっとなかったわね。あとオシャレ欲もか。

でも鳥夫のおかげで、今や、さまざま欲求を開くことができました。

鳥夫がちゃんと稼いでくれるから、鳥夫が食に強い興味関心があるから、鳥夫が好奇心旺盛でいろんな場所に連れ回してくれるから、鳥夫が不細工な鳥のことも可愛がってくれるから、etc。

今でこそわかりますが、欲求がなかったのではなく、欲求を諦めていたんですよね。諸々の制限のなかで。

日本は特に?、欲求がないことを美しく捉える価値観がありますが(清貧的な)、欲求がちゃんと開放されていて or もう出し尽くした後で欲求がないのと、制限のなかで実は我慢して諦めているのって、まったく違うんですよね。

だから鳥は今後も自分の欲求を開いてゆきたいと思っています!

でもね、稼ぎや生活が伴わないのに欲求だけ開いちゃうと辛い思いするからね。。。例えば鳥が「食器は作家物がいい!」などという欲求が開いちゃったら、買えないことにストレス溜めちゃうじゃない?

でもね、大丈夫。諸々の制限が多い(多かった)人ほど、身の程のなかでしか欲求が開かない術を自然と身につけておりますから。あはは。

でもさ、一旦欲求が開いちゃうと、閉じるのはたいへんよ。「生活水準を上げるのは簡単だけど、下げるのはたいへん」って、世間でもよく言われるでしょ。怖いわ~。自分としては「すぐに四畳半風呂無しトイレ共同の生活に戻れるわ」なんて思っているけど、まあ、現実はそう簡単に思えないんでしょうね。





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